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急斜面に実る初夏の味。伊予市・唐川地区で続く唐川びわづくり

2026.06.19

急斜面に実る初夏の味。伊予市・唐川地区で続く唐川びわづくり

PROFILE

菊澤 政志さん

伊予市唐川地区在住。50歳で伊予市へUターン。代々受け継がれてきた畑で、みかんやぶどうを育てながら、唐川地区に根づくびわづくりも続けている。

▲袋をかけられた枇杷がずらりと並ぶ。収穫のタイミングを見極めるのは、農家の経験と感覚による

のぼり旗が立てば、もう完売間近

伊予市は全国有数のびわの産地。中でも唐川地区では、明治の頃からびわが栽培されてきました。地区には約200軒の農家があり、そのうち約30軒がびわを栽培しています。

毎年6月になると、沿道に「びわ直売」ののぼり旗が立てられます。それが「びわの販売開始」のサイン。現在、唐川地区の4軒の有志の農家が「びわウィーク」としてのぼり旗を立て、それぞれの倉庫で直売するスタイルを行っており、のぼり旗が出れば人が集まり、その日のうちに売り切れることも。

「昔は唐川地区でびわ祭りやってたんですよ。その時は、バスをチャーターして郡中から送迎したり、また自家用車の列ができ、普段は静かな山村が大賑わいでした。」

さらに、手作り交流市場 町家では、前日夕方に用意したびわが翌朝9時過ぎに完売してしまうことも珍しくないといいます。

残念ながら盛況だったびわ祭りも今は休止していますが、びわへの根強い人気は変わりません。

▲大きくてみずみずしい採れたてのびわ

1房に30個の花。残すのは1個

唐川びわの収穫は、6月10日前後から7月初めにかけて。長崎など全国の主産地のびわが終わりかけた頃に、ようやく出始めます。日本で最も遅い産地のひとつです。

「昔、寒さで全国のびわが全滅した年があったのですが、唐川地区のびわの木は花が咲くのが遅いから、霜にやられなかったんです。それで、唐川だけが収穫ができて『唐川びわ』が全国的に有名になったと言われています。」

山間の急斜面で、水はけの良い石ころだらけの土地。冷え込みが強いこの環境が、遅咲きの理由です。かつては収穫中に転落死する農家もいたほどの急傾斜。それほど厳しい環境の中でも守られてきた産地です。

栽培で最も手間がかかるのが、花の間引きです。1房に30〜40個の花がつきますが、残すのはたった1個。大玉に仕上げるための作業で、どの花を選ぶかにも目利きが必要です。

「房の下の方は大玉になるけど、先の方が甘い。だからうちは2段目か3段目を選びます。」

間引いた後は袋をかけて保護。袋の外からヘタ周りの色の変化を確認しながら、一房ずつ収穫のタイミングを判断します。

▲袋の上からヘタの部分が黄色くなっているかを確認しながら収穫する

収穫後3日が勝負の、繊細な果物

「落としたら黒くなる。大雨の後に晴れたらひびが入る。輸送方法が雑でも傷みます。」

びわはとにかく繊細です。しかも食べごろは、収穫から3日が目安のスピード勝負。東京向けの出荷には飛行機便を使うこともあるといいます。

それでも、木でしっかり熟してから収穫するのが菊澤さんのこだわりです。「やはり、一番おいしいタイミングで食べてほしくて。」熟し加減を見極めて収穫した実だけを、出荷します。

おいしく食べるコツは、食べる1時間前に冷蔵庫へ入れること。長く冷やすと黒くなってしまうので、食べる分だけ直前に冷やすのがポイントです。

ちょうどさくらんぼが終わり、スイカやメロンが出回り始める時期。夏の果物の端境期に登場する唐川びわは、早めのお中元として送る人も多く、「都会に出た子どもに食べさせたい」という地元の人からの注文も少なくないといいます。

▲ヘタの先までオレンジになると食べごろのサイン

農家にとっての「お盆のお金」

唐川地区でびわが続いてきたのには、暮らしの事情もありました。

「昔は農家の支払いがお盆と正月の2回でした。みかんとお米だけじゃ、お盆の前に収入がない。ちょうど6月にとれるびわが、お盆のお金になっていたようです。」

山あいの急斜面で作れる作物は限られています。そんな中でびわは、土地の環境に合い、夏の収入源として農家の生活を支えてきました。菊澤さんにとって、びわはこの土地で受け継がれてきた暮らしそのものなのかもしれません。

やめようと思っても、また来年

菊澤さんが伊予市へ戻ってきたのは、50歳のとき。そこから、父に農業を教わりながら、約25年間びわを作り続けています。

「60歳でやめようと思っていたのですが、65歳になり、そして70歳。後期高齢者になる75歳でやめるぞと言っていたのに、先日76歳になりました(笑)。『おいしかった!』や『来年も楽しみにしています』と言われたら、やめたいと思っても踏ん張れますね。」

これだけ人気の唐川びわですが、唐川地区でびわを栽培する農家は、高齢化とともに少しずつ減っています。手間のかかる作業を担える若い世代もなかなか現れず、唐川地区で栽培されるびわは今後さらに希少なものになることは間違いないと菊澤さん。

「どんどん、貴重な存在になると思います。今のうちに皆さんぜひ食べてみてください。」

初夏のわずかな時期にだけ味わえる、唐川びわ。その一粒には、急斜面の畑で積み重ねられてきた手仕事と、地域の暮らしの記憶が詰まっています。伊予市の初夏にしか出会えない味を、ぜひ味わってみてください。

▲「唐川地区で収穫されたびわは、柔らかくて酸味の少ないのが特徴です」と菊澤さん。


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